「巖波の志」/會社概要

「読む」ことから始めよう

 「一物も殘さず焼きはらわれた街に、草が萌え出し、いためつけられた街路樹からも、若々しい枝が空に向かって伸びていった。…未曾有の崩壊を経て、まだ立ちなおらない今日の日本に、少年期を過ごしつつある人々こそ、私たちの社會にとって、正にあのみずみずしい草の葉であり、若々しい枝なのである」
 こうした言葉とともに、小社が巖波少年文庫を創刊したのは、敗戦後間もない一九五〇年のクリスマスの日のことです。
 「子どもたちに、優れた作品を、美しい日本語で」──吉野源三郎が発案し、石井桃子が生み出したこの叢書は、長い戦爭と敗戦の混亂の中で、ともすれば人や社會を信じることができない少年少女たちの心に、新鮮な風を吹き入れました。『寶島』『あしながおじさん』『クリスマス?キャロル』『小さい牛追い』『ふたりのロッテ』の五冊に始まった少年文庫は、その後も、たくさんの旅と冒険、たくさんの夢と憧れ、たくさんの謎と不思議を子どもたちに伝え続けてきました。

 いま、敗戦とは別の意味での、荒廃した風景が日本を覆っています。表現の自由への攻撃、報道の規制、公文書の改竄、歴史事実の否定……。いわば近代國家、民主主義の基盤の破壊です。ネットにあふれる侮蔑の言葉や隣國への敵視?嫌悪の源には、衰退と停滯と閉塞があります。

 日本はまさに敗戦に匹敵する危機に直面している――この慘狀を、二十年も前に予告していたのが、経済學者?森嶋通夫の『なぜ日本は沒落するか』(巖波現代文庫所収)でした。精神の荒廃、産業の荒廃、金融の荒廃をもたらしたのは、論理的思考力と判斷力を育まない教育のあり方にあると指摘した森嶋は、続けて、次のように述べます。「日本がいま必要としているのは記憶力に優れた知識量の多い、いわゆる博學の人ではなく、自分で問題をつくり、それを解きほぐすための論理を考え出す能力を持った人である」。
 私たちは、ここに慘狀から回復する鍵があると考えます。もちろん一朝一夕に解決できるものではありません。
 
 七十五年前、敗戦に際して、多くの人々が日本を再生しよう、そのために、政治?経済も社會も変えよう、教育を刷新しよう、と決意し、活動を始めました。先人たちが諸問題といかに取り組み、思考し、解決を模索したか。その軌跡は、私たちの前に、人文?社會?自然科學をはじめ、文學作品、ヒューマン?ドキュメントにいたる広範な分野の成果として存在します。
 二〇〇〇年一月、これらの學問的、文蕓的な達成を収録し、次代に手渡していこうという目的をもって、巖波現代文庫は創刊されました。いわば、戦後日本人の知的自敘伝ともいうべき書物群です。それらを読み解くことは、將來にわたって必須の知的営為となるはずです。

 二〇二〇年の年頭にあたり、私たちは、再び「読む」ことから始めよう、と呼びかけます。巖波現代文庫に収められている『読書術』で加藤周一は、「どういう対象についても本は沢山あり、いもづる式に、一冊また一冊といくらでも多くのことを知ることができます」と語っています。
 本を、ゆっくりと、味わいながら「読む」。そして、多くのことを「知る」「想像する」「考える」。それについて、誰かと対話する。対話で得た本をまた「読む」。この繰り返しの中に、他者と共有できる論理、他者を理解する想像力が生まれます。自分の知らない世界に目を向け考える力、人や社會を信じる力が生まれるのです。
 いま教育の場で目標とされている「主體的?対話的な深い學び」が、本気で実踐されるならば、それは日本の、やがては世界の窮狀を回復する希望となるでしょう。それもまた、「読む」ことから始まるのです。
 読書が生きるための力になると信じて、二〇二〇年、まず「読む」ことから始めませんか。
2020年1月
代表取締役社長
岡本 厚
「種まく人」のレリーフ 創業者巖波茂雄はミレーの種まきの絵をかりて巖波書店のマークとしました.茂雄は長野県諏訪の篤農家の出身で,「労働は神聖である」との考えを強く持ち,晴耕雨読の田園生活を好み,詩人ワーズワースの「低く暮し,高く思う」を社の精神としたいとの理念から選びました.マークは高村光太郎(詩人?彫刻家)によるメダル(左寫真)をもとにしたエッチング. 「種まく人」のマーク
【會社名】 株式會社 巖波書店
【本  社】 〒101-8002 東京都千代田區一ツ橋2丁目5番5號
電話  番號案內  03-5210-4000
【社  長】 岡本 厚
【社員數】 140名
【創  業】 1913年8月5日
【會社設立】 1949年4月30日
【資本金】 9000萬円

地図をクリックするとPDFファイルで表示されます

巖波書店案內図
ページトップへ戻る
国产人妻熟妇在线视频